精神医療福祉の部屋

目次


☆マディソンモデルのいま マディソン市長の講演草稿 日本語版英語版
マディソンモデルの産みの親・ル・コントさんの2006年のパワポから
22世紀スーパーシンポジウム・イン・帯広 2008.1より

1982年、住宅街に、賄い付き下宿「朋友荘」が誕生。5つの病院から16人がここに退院しました。食事もつくれない、幻聴や妄想もある、お金の管理もできない、銀行や交通機関の利用の仕方も知らない、家族も引き取らない……「退院不可能」と考えられていた人々です。"管理人"は、勤務先が違う5人のソーシャルワーカーが買ってでました。自宅の電話を入居者に伝え、365日24時間応援する体制を組みました。

さびれた浦河の町に、牧師もいないオンボロの教会がありました。ネズミがわがもの顔に走り回るその教会に、精神病棟を退院したけれど行き場のない男たちと新米ソーシャルワーカーが住み着いた、それがことの始まりでした。1978年のことです。
べてるの家の最新情報は、http://www18.ocn.ne.jp/~bethel/をどうぞ。

犯人は当初、精神病を装っていました。池田市の倉田薫市長は、作業所を激励に回りました。いま一番心を痛め、不安なのは、精神病を体験している人たちに違いない、と思ったからだそうです。そして……。
咲笑のその後についてはhttp://www.ikeda-sakura.com/をどうぞ。

「偶然手に取った精神医学の教科書。石田昇という少壮医学者の書いたも魅力的な本がきっかけで、私は精神科医の道を選びました。そして勤めた松沢病院で受け持ちになった患者さんたちの中に、なんとその石田先生がおられたのです。」

「異国」の主人公、秋元波留夫さんが07年4月25日、肺炎のためなくなりました。101歳でした。80歳をすぎてパソコンを覚え、05年に『99歳 精神科医の挑戦』(岩波書店)を出版。100歳を迎えても講演や執筆を続け、亡くなる前日も「早く治して仕事をしたい」と語っていたとのこと。その秋元さんが自ら操作して講演されたパワポファイルを生前いただいていましたので、みなさまにお裾分けします。


http://www.psy-jinken-osaka.org/ をクリックしてください。実にユニークな活動が展開されています。その歴史をたどりながら将来を展望します。

(1)何が差別か(2)どうして差別は生まれたか(3)罰則は有効か(4)心の中の差別はなくせるか(5)「公平」とは何か(6)一般の人のためにも パワーポイント資料(134KB)
私が体験した精神障害差別