愛媛の御荘病院病床ゼロに。地域一丸でケア/心の元気を取り戻す/2016/12/8付日本経済新聞 夕刊 宇和海に面し自然豊かな愛媛県愛南町に1960年代からあった唯一の精神科病院「御荘病院」が、ことし6月に病棟をすべて閉鎖し「御荘診療所」に変わった。「入院から地域ケアへ」を目指した20年越しの改革の成果だ。 精神障害者がともに暮らせる地域社会をいかに構築するか。福祉支援の施設や人材の充実、住民の理解など課題は多いが、カギを握るのは精神科病院だ。地域移行が進めば2004年からの10年間に全国で7万床が減ると国は計算したが1.6万床の減少にとどまる。受け皿不足との声も病院関係者にはある。 「急性期の一時入院を除き精神科病院は病棟をなくす。そこから考えるべきだ」。病院長で計画を進めた長野敏宏医師(45)は指摘する。 「病床があれば受け入れたくなる」。御荘病院も同じだった。早い時期から歴代病院長は地域に開かれた治療を目指していた。精神障害者の共同住宅や作業所設置などで地元の理解者や行政と連携があった。が、入院患者は減らなかった。1997年に誘われて愛媛大病院勤務から御荘病院長に就任した長野医師は、この地域との連携を足がかりに病院改革を始めた。 まず認知症のお年寄り対策に取り組み、グループホームなどの施設の整備を進めた。これは精神疾患について住民の理解を得る端緒になった。同時に統合失調症の患者の病床が、認知症のお年寄りに入れ替わって温存される逃げ道を断つ意味もあった。 就労の場を確保するため地域ぐるみで設立されたNPO法人にも参画した。観葉植物のレンタル、温泉経営、アマゴ養殖、シイタケ栽培。精神障害のある人が地域の人たちと支える地域おこしのビジネス群だ。 町の丘陵には日本初の産地を目指すアボカド園が広がる。「農業の衰退と人口減が進む。障害者がいなければ成り立たない」 ピーク時は150床。100床、さらに50床へと減り、病棟は訪問看護ステーションなどに建て替わった。多機能事業所といった新たな医療・福祉サービスの拠点も町内に広がった。 6月。最後の入院患者の一部は敷地内に新設したグループホームに移し24時間の支援を続けている。一時入院が必要な場合は町外の系列病院に依頼するが、「病棟がないから在宅ケアを極力模索せざるを得ない」と長野医師。スタッフの働き方も変化した。精神保健福祉士、作業療法士、看護師が地域中を飛び回る。 愛南町では今、地域全体で障害者に寄り添い、支える中に医療がある。長野医師は「人口減が進むなかで、いずれ精神科病院の経営は成り立たなくなる。だからこそ地域で支えてもらう必要があった。精神科医療の形も予防重視などさらに変化を迫られる」とみる。 国は医療、介護、住まいなどの機能が地域ごとに確保できる高齢者対策の地域包括ケアシステムに精神障害者対策も位置づける構想だ。愛南町が注目を集める。