卒論・修論の部屋

市民・患者が医療情報を得ることの必要性とその方法としての医療情報室の役割と展望
池上英隆さん

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1.1. 目的と背景

 この論文で述べたいことは、市民・患者が医療情報を得ることは重要であるということと、その方法としての医療情報室の役割と展望である。筆者は昨年の論文で「日本における患者の知る権利の定着に向けての問題点」という内容についてインフォームド・コンセントを中心に述べた。インフォームド・コンセントとは「医師が説明を十分にし、それを患者が理解して治療の主体的な選択をすること(治療しないことの選択も含む)」(1)である。しかし、その「患者の理解」の部分が不十分であり、それゆえ「主体的な選択」ができていない。この問題点の解決方法として患者が知識・情報を身につけることが必要なのである。知識・情報を得るための解決策として挙げられるのが「医療情報室」なのである。(医療情報が必要になった背景については後に2.1.1.でも述べる)

【注】
(1)戸津崎茂雄 2000 「医学専門書の患者への開放―病院図書室の役割について―」 京都南病院医学雑誌 18号 京都南病院 23-28頁、を基に筆者が定義したものである。

1.2. 概要

 この論文の構成について簡単に説明する。第2章では「医療情報室」が出来た背景、歴史を文献を基に述べ、筆者の見学を基に現状をレポートする。第3章では、市民・患者がどのような医療情報を必要とするのか、を元に医療情報とは何かという定義について筆者の考えを述べる。第4章では第2章での医療情報室の歴史と現状のレポート、第3章での市民・患者と医療情報の関連を元に、本論文の目的である医療情報室の役割と展望を述べる。特に医療者側からの一方通行的な情報提供にならないような情報室、患者の医療参加を具現化する情報室、医療情報提供だけにとどまらない情報室、といった側面から情報室のこれからの重要性について述べたいと思う。

1.3. タイトルの用語の説明

 本論に入る前に論文のタイトルに含まれる用語について補足しておく。
 まずは「医療情報」という語であるが、詳しくは第3章で述べるので簡単に説明する。本論文での医療情報とは、治療法や薬の副作用といった単なる医学的な知識だけを指すのではない。病気にかかる前段階、つまり患者ではなく市民の立場では、予防のためや健康づくりのための知識も含まれる。病気にかかったときには、医療機関の情報が必要になる。病気の治療のためにはもちろん医学的な知識も不可欠である。さらには一病息災として病気を持ったまま生活するための知識、つまり福祉のための情報や「生活の知恵」といったものまで含まれる。後述するが、ここでいう「生活の知恵」とは同じ病気の仲間からの経験的な知恵から得られるものが多い。このように医療情報とは単に治療のときにだけに必要なものではないことをここで明記しておく。
 次に「市民・患者」の語に移る。患者だけに限定せず、市民という語も含めたのには理由がある。それは疾病構造の変化が大きいと筆者は考える。近代医学の進歩によって多くの急性疾患は克服することができるようになったが、慢性疾患、いわゆる「生活習慣病」が後に残った。慢性疾患は原則的に治らないので、病気と付き合いながら一病息災に持ち込むしかない(1)。そうなると生活の中での治療が不可欠となり「医学」だけでない、生活上の知識・知恵も必要となるのである。さらに老人性疾患、精神疾患の増加も現代の疾病構造の特徴であるが、これらの病気(精神疾患はそもそも病気と定義するかどうかという問題はあるが、ここでは病気とみなすことにする)も治療は社会生活の中にある(2)。現代の多くの病気は市民が社会生活をする中で持つものであるとも言える。患者は社会の中で市民として病気を持ちながら生活していくものであり、逆に言えば市民は患者として病気になる可能性を常に持つのである。つまり、健康な一般市民と患者の垣根というのは現代においてはほとんど存在しないと筆者は考える。また、そのような垣根はあってはならない。その垣根をなくすためのツールとしても情報は役立つであろう。そのため、本論文のタイトルは患者だけに限定せず、「市民・患者」と広い意味で解釈できるようにした。
 医療情報室という語については、患者図書室、患者情報室という候補もあったがこれらは避けることにした。理由は前述のように医療情報は「患者」だけに限定されるものではないということ、「図書室」とすると書籍のみの情報であると思われがちであるからである。欧米を始めとするいくつかの先進国においては図書館が書籍だけではなく、様々な情報のセンター的役割を担っている場合が多く(3)、後述する筆者の考える情報室の役割に近いものであると考えられるが、日本では図書館は市民にとって外国ほど大きな存在ではない。そのため図書館・図書室という日本語では筆者の考える情報室の役割は伝わりにくいと考え、「医療情報室」という語を採用することにした。

【注】
(1)野村一夫 「社会学的患者論(社会学感覚ウェッブ版)」available from http://www.socius.jp/lec/24.html、accessed 2003-10-02
(2)野村一夫 同上
(3)菅谷明子 2003 未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―、岩波書店/辻由美 1999 図書館であそぼう―知的発見のすすめ、講談社、を参考にした。

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