ゆきの部屋

「役所仕事の人間科学」を解説してくださった厚生労働省前高官
大阪大学人間科学部ソーシャルサービス論教授 堤修三さん (2004.1.14)
ご紹介:「介護保険制度の育ての父」として有名な堤さんですが、数々の"堤語録"の主でもあります。私がとくに好きなのは、「前例を"最初に"調べてはいけない」という部下への言葉です。自分で答えを見つけてから前例を調べなさい、という教えです。私の後任として、大阪大学大学院人間科学研究科ソーシャルサービス論の教授に着任されました。きょうは、無理にお願いして、「お役所仕事」がなぜ生まれるかをを解明、お役人を動かす法を伝授していただきます。
トークから:

人々は杓子定規を嫌う一方、公平をもとめるものです。
役所の人間は、不公平という批判にもっとも弱い。そこから前例踏襲が染みついてしまいます。WHYを考えないでHOWを考える癖もついてしまいます。HOWを考えずに安請負をして後で「できませんでした」ということになれば、かならず非難される。役所は無謬とであるという思いこみが国民、役人双方にあるからです。WHYは学者の役割かもしれませんが、役人も考えなければいけません。

そこで、自分の頭で考えるためのヒントを7つ考えてみました。

@ 逆張り思考(本当にそうか、ことによると違うのではないか)
A 置き換え思考(自分の立場に他の人を置いて、その人になったつもりで考える)
B ゼロベース思考(今あるものがないとしたら人々はどうするだろうか)
C キーワード思考(あるキーワードをいろんなものに当てはめてみる、または、あるものにいろんなキーワードを当てはめてみる)
D 類推思考(似たような別の視点に立って考える)
E 比較思考(似たような別のケースと比較してみる)
F ヘーゲル思考

です。とりあえず大切なのは、本当にそうなのか?それをまず考えてみる。そういう風に考えることで少し頭がやわらかくなったりします。

この授業には「世直し」というタイトルがついていますが、「世直り」という考え方があるかもしれません。少なくとも役人が世直しをするというのは、無理極まりない。だけど、一つ一つの積み重ねの中で世直りになっていくだろうという中で、何ができるんだろうか?ということを考えていくべきだと思います。行政なり、役人なりが、全てを理解していて全てをコントロールしているように思われがちです。情報はあるにはありますが、たいしてありません。それがまず基本です。世の中まずわかりっこない!というのが基本だと思います。本当に様々な人がいます。行政や法律が予定しているような合理的な人ばかりでなく、悪賢い人もさまざまいます。世の中を幅広く、弾力的にみる目を持っていた方がいいと思います。世の中は一気に変わるようで変わらない。変わらないようで変わるというところがあります。大きな大改革をやるということではなくて、小さな改革の積み重ねが世の中を変えていくのだと思います。

「役場、役所と連携するための世直しの法則を考えなさい」という課題が大熊先生からだされていますが、私は次のように考えます。
@ 役人が出来ないという理由をつかんで、「本件は他のケースとは異なる」という説明を考えてあげる
A 役人が一人で決断しなくていいように、マスコミ・議会などを使って、「決断しやすい状況」を作ってあげる
B 出来たら、「センスのある役人」を見つけ、その理解とアドバイスを得ることが望ましい

―といったところでしょうか。

「オールド・タークス/ヤング・フォーギズ」という言葉があります。意訳すれば、「若い石頭/年とった跳ね返り」でしょうか。若い人がなぜ石頭になるのか?経験もないし、世の中をどういう風に理解していいかわからないから、先人がつくった体系に感心してしまう。全て世の中がわかった気になってしまう。若いみなさんには、決り文句は信じない、鵜呑みにしない。「本当にそうだろうか」と、いつも考えてほしいのです。

役人のメンタリティ

■「公平」に最大の関心・価値■
  • 法治主義の基本は「法の下の平等」なので、不公平という批判にもっとも弱い。
  • 性善説に立つ法律や制度の下で、性悪の者がいるという現実に対応せざるを得ない。
  • 不公平という批判を回避し、法網をくぐらせない。
    →細かい規則や行政指導。秘密主義的傾向。
  • 今までの扱いと違うという批判を避ける。
    →前例踏襲が基本:朝令暮改は行政の安定を損なう。
    (前例踏襲が習い性⇒変化に対する対応の遅れ⇒大掛かりな対応。⇒体制の充実:パーキンソンの法則の成立)
  • 粋な計らい:あるケースが他と違うという説明をうまくつけて、不公平という 批判を招かぬように前例を変えること(上手な予算要求・査定も同じ)。
  • 人は「公平」を要求しつつ「杓子定規」を憎む。
■「行政は無謬である」という思い込み■
  • 国民・役人の双方に行政の無謬性神話がある。
  • 何か不都合があれば、すべて行政の責任という国民意識・マスコミ報道。
    →過剰な自己防衛意識。
  • 失敗は許されない・許さないという風潮。
    →屁理屈・言い訳、消極主義、事なかれ主義、秘密主義、先送り。逆に、過剰な規制。
■強い使命感・高いプロ意識■
  • 国家・国民のためという使命感、自分が最も詳しいという職業意識。
    →独り善がりになることも。
  • 他方、政治や社会の現実との狭間で悩むこともある。
    →権限を持つが故の自制心、謙虚さを。
■政治との関係・役割分担■
  • 最終の選択は国民の付託を受けた政治の役割。
  • 複数の選択肢を提示し、政治の選択の誤りなきを期す。
  • 言われているほどには官僚主導ではない。

えにし in 逢坂 学生実行委員会企画・製作
「大阪大学人間科学部・同大学院人間科学研究科 2001〜2004の記録」より