福祉用具の部屋

人生の輝き支える福祉用具に
1993年11月05日 朝日新聞社説

 近視の人には眼鏡がある。それと同じで手足や耳が不自由な人が人生を楽しむためには、さまざまな道具が必要だ。北欧やドイツ語圏では補助器具、英語圏では技術的補助具(テクニカルエイド)と呼ばれ、誇りある生活を支援している。

 先週、東京・晴海で開かれた国際保健福祉機器展には、こうした道具8000点が展示され、予想をはるかに上回る約5万7000人が会場にあふれた。
 たとえば、手足が動かない人のための、息を吹きかけて運転できる車いす、不自由な体でも調理を楽しめる台所や器具、会話を助けてくれる道具、半身不随でも一人で入れるフロ、大男を簡単にベッドからいすに移すことができる介助用リフト……。
 北欧の国々では、必要な人に無償で貸し出される。そのための費用は、国民一人あたり年間千五百円ていどだという。

 日本でも、この10月、福祉用具法が施行された。
 大切なのは、必要な人すべてに、体に合った品を、タイミングよく届ける供給の仕組みを作り上げることだ。
 いまの日本では、専門家でさえ途方にくれるほどややこしい手続きが必要だ。縦割りの法律によって日常生活用具、補装具、治療材料などと呼ばれ、「身体障害者手帳何級か」「所得はどうか」など、制度を使わせないために思いついたとしか考えられないような基準も多い。
 こうした規制を大幅に緩和して福祉用具を身近なものにする必要がある。日本以外の先進国では、手帳の有無や所得ではなく「必要かどうか」が判断の基準である。

 おびただしい数の福祉用具の性能や安全性を使う身になってテストし、成績表を公表する機関の設立も急がねばならない。
 体にあっていることも大切だ。
 機器展には車いすに乗った人もたくさん訪れたが、その姿を見て、海外の専門家たちは「日本では、なぜ合わない車いすに乗るのですか」と心配した。合わない入れ歯をがまんするのがよくないように、体にあわない車いすは命を縮めることもある。

 先週末、横浜で開かれた21世紀テクニカルエイド研究フォーラムは、適切な道具を供給するために、人口20―30万に1カ所、公的な総合サービスセンターを設けることを提案した。
 ここへ行けば、試しに使ってみることもできる。福祉用具に精通した作業療法士、技術者、建築家、看護職などがいて、最も適した道具を選ぶのを手伝い、体に合わせて調整する。それらの道具が性能を発揮しやすいように自宅の改善もする。

 幸い、日本には、先駆的な実践をしてきたグループがある。東京の柳原病院は、住宅条件に恵まれない下町に補助器具を導入し、家族の負担を軽くすることに成功している。世界最先端の技術力をもつ横浜市総合リハビリテーションセンターは、最重度の人々に絵をかいたり作曲したりする楽しみを実現した。「でく工房」に代表される各地の工房は、日本独特の人材の育て方で海外から注目されている。

 フォーラムに参加した厚生省の担当課長は「法律で骨と肉はできた。しかし、きちんと動くには、魂を入れなければならないとつくづく感じている」とのべた。
 日本のパイオニアたちの魂と世界の知恵で、質のよい福祉用具と、それを必要とするだれもが使える仕組みをつくりたい。温かい人の手と適切な技術が組み合わされれば、年をとっても障害をもっても人生を輝かせることができるに違いない。

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