精神病棟の居住施設転換…患者囲い込み続く懸念  精神科の長期入院を解消する手段として「病棟の一部を老人保健施設や居住施設に転換する」という構想が浮上し、厚生労働省の検討会で議論が行われている。病棟を模様替えした施設に住んで、患者が「地域生活」に移行したことになるのかが問題だ。 ◇  日本の精神病床は34万床あり、30万人余りが入院している(2012年調査)。経済協力開発機構(OECD)に加盟する先進・中進国の中で、人口比でも絶対数でも突出して多い。  しかも1年以上の長期入院が20万人。うち5年以上の入院も11万人を超す。多いのは統合失調症、次いで認知症の患者で、65歳以上が半数を占める。  おおもとの原因は、政府が高度成長期に隔離収容主義の下で膨大な精神科病院を民間に建てさせたことにある。結果として長期入院になった患者たちは、必ずしも病状が重いわけでない。長い入院に伴う生活力と意欲の低下、退院後の生活の場を確保できていないといった事情が大きい。  政府は、そうした社会的入院の解消を02年末に打ち出したが、なかなか進まなかった。病院は、ベッドが空くと収入が減るため、退院支援にあまり積極的にならず、空きが生じたら新たな入院患者で埋める傾向があるからだ。公立病院主体だった欧米と違い、民間病院は容易に減らせない。  そこで今回浮上したのが<病棟を居住系施設に変えれば、ベッド数と入院患者数を減らせる>という構想だ。福祉関係の検討会委員からの提案だったが、日本精神科病院協会(日精協)の方針でもある。  河崎建人たつひと・日精協副会長は「病床数を適正化して急性期医療に力を注ぎたい。長期入院患者が退院しやすい生活支援の場をつくるため、病棟転換という選択肢があってよい」とする。  何に転換するのか。老人保健施設、宿泊型訓練施設、グループホーム、共同住宅などが挙がっている。  厚労省は今月中にも検討会の議論をまとめ、来年度の予算や障害福祉サービスの報酬改定に反映させたい考えだが、批判も多い。  懸念の一つは、病院内に住んで本当に自由な暮らしができるか。竹端たけばた寛・山梨学院大教授(福祉政策)は「病院のソフトな支配下にある施設では、本当の地域移行とは言えない。また隔離・拘束や外出制限がなくても、街から遠いと社会生活は難しい」と指摘する。日精協の調査では精神科病院の6割は山林か農地に囲まれた場所にある。  そもそも長期入院がよくないのは、それぞれの人生を実現する時間が奪われるからだ。ハンセン病の隔離政策が「人生被害」と呼ばれたのと同様に、長すぎる入院は人権侵害である。幸福追求権を取り戻すには、実際に社会とかかわれる場でないといけない。  もう一つの懸念は、ハコモノを居住場所として残したら、病院による囲い込みが続きかねない点だ。病院内の施設だと、空きが生じるたびに次の退院患者で埋め、その分、新たな入院を招くのではなかろうか。  地域に退院の受け皿はないのか。08年の総務省調査では全国の空き家は756万戸(総住宅数の13%)に及ぶ。その後も公営住宅を含めて空き家は増え、高齢者住宅も大量に造られた。それらを活用し、在宅生活を支える医療・福祉サービスを確保することこそ、正面の政策のはずだ。  もちろん病院経営の軟着陸も考える必要はあるが、仮にベッドを単純に半減させれば、今の職員数でも配置の密度は倍になる。入院料を倍にすれば収入は変わらない。そうした道筋を厚労省が明示すべきだろう。純粋な病床数の縮小に助成金を出す方法もある。  病棟転換の施設は「現実的でよりましな方法」なのか、「看板の掛け替え」にすぎないのか。精神医療福祉の大きな分岐点である。(大阪本社 編集委員 原昌平) (2014年6月12日 読売新聞)