目からウロコのメッセージの部屋

ケンカは目を見て――ろう者の喧嘩と聴者の喧嘩
NHKみんなの手話講師 早瀬憲太郎さん

ある日、地下鉄に乗ったときのこと。
前に座っている20代のカップルがどうやらケンカをしているらしい。なんとはなしに目に入ったよくある光景だが、思わず見入ってしまった。このカップルはケンカの間、全く目を合わせていないのだ。
はじめに見たときは2人がそれぞれ独り言を言っているのかと思った。お互いに順番に口を動かしているのを見てようやく2人はカップルで、その表情からケンカをしていると分かったのだ。全く目を合わせないで声だけでケンカをするという情景は、私たちろう者にとってはかなり不思議な感じがする。

日常的に手話を使う私たちは、会話は必ず相手の目を見て行う。ケンカもしかり。相手の目をじっと見つめてケンカをする。
目をそらすということは手話を見ないということだから、相手の言っていることがわからなくなる。聴者の場合は目をそらしても声が嫌でも耳に入ってくるから口でのやりとりは続くが、ろう者の場合は目をそらした時点でやりとりが止まることになる。

私の妻もろう者なのでケンカをするときは、お互いにきちんと相手の目を見る。
たまに妻が「ふん」と顔をそむけるときがある。「こっちを見ろ」と怒る。しかしその手話を相手は見ていないので伝わらない。
夜にケンカしたときは電気を消すという手段に出られることもある。電気を消されたら手話など全く見えない。あわててスイッチの場所まで行って電気をつけるがまた消される。どうやら相手はリモコンを持っているらしい。しばらくは電気が消えたりついたりの静かな攻防が繰り広げられる。電気を消すだけでなく目を閉じられたら、こちらは何もできない。

気のおけない友人らと酒を飲んだときのこと、なぜかケンカの話で盛り上がる。
よく夫婦ゲンカをするらしいろう者の友人が「聴者はいいよな。ろう者のケンカのときって大変だよ」と言う。ケンカのときもずっと相手の顔を見るので、相手の一番怖い顔をずっと見ていなければならない。寝るときその怖い顔が夢に出てくるくらいだと言う。思わず、なるほどとうなずく。
そこに聴者の友人が反論をする。「いや、目をそらしても耳をふさいでも、えんえんと相手の怖い声が聞こえてくるのはかなり苦しいよ」
寝るときにもその声が頭の中にずっとコダマすることもあるそうだ。
「顔を見なくてもケンカできるんだからマシだよ」とろう者の友人。「目をそらせばケンカがとまるんだからいいじゃん」と聴者の友人。面白いやりとりが続く。

そういえば昔学生のときに働いていた職場で、仕事のミスをして30分ほど厳しく怒られたことがある。ミスしたのは、私含む3人。他の2人は顔を下に向けてじっと立っている。私は口の動きを読み取ろうと、じっと上司の顔を見るのだが「おまえ何か不満でもあるのか」とさらに怒られた。
なぜ上司がさらに怒ったのか分からず、同じろうの先輩に相談したことがある。
先輩いわく、「聴者は怒っているときに自分の目をじっと見られると嫌な感じに思うことが多い。そういうときは目を見ないで下をじっと見てやりすごすのが賢い」と。
納得した半面、それでは解決にはならないと感じた。

思い切ってその上司に「顔を見るのは何を言っているかを知るため。しっかり理解して次はミスをしないようにしたい」と言ってみた。
そうすると「そうだったのか。これからは遠慮なく見てくれ」と言ってくれた。それからというものその上司、私を怒るときはじっと私の目をみつめてくるようになった。とは言え、ずっと口を見るのは疲れるから下を向いてわかったふりをしようとする。しかし上司はすかさず目をのぞきこんで怒ってくれる。
いわなきゃ良かったと思ったものだが、それから数日後に上司から思わぬ言葉をもらって感激した。
「始めちょっと違和感あったが、やはり相手の顔を見れば納得しているのか、していないのかよくわかる。これからは聞こえる聞こえない関係なく相手の顔を見て話をするようにするよ。ありがとう!」

音声言語である日本語は、聞きたいと思わなくても耳に入ってくる。一方的に声を出されても一方的に耳に入ってくる。だから相手がこちらを見ていない時、聞いているのか聞いていないのかは判断しにくい。
手話の場合は、一方的に手話で話しても相手が見なければ明らかに伝わっていないことがわかる。手話という言語は、相手を見ようとする意思がお互いにあってはじめて成り立つことばなのではないだろうか?
それが手話の特徴であり魅力の一つでもある。そして手話を学ぶことは、相手の顔を見ながら話すことの良い面に気付いていくきっかけにもなる。

地下鉄のカップルは、しばらく口論が続いていた。ふと男性の方がボソッとつぶやいたのをきっかけに女性の顔がやわらぐ。そのときようやくお互いの顔を見あってお互いに笑顔を見せた。
ケンカの話で盛り上がったほろ酔い状態のろうの友人も聴の友人も、「結局仲直りのときお互いに必ず顔を見て笑顔になるのはろう者も聴者も同じだね」との結論に達したようだった。
相手が見てくれることによって会話が成り立つ手話という言葉はなんて素敵なんだろう。そう思うと、ケンカ中でも見てくれる相手が愛おしくなる。 今日は妻に優しくしてやろうと思う、単純な私なのである。

▲上に戻る▲

目からウロコのメッセージの部屋・目次に戻る

トップページに戻る