医療費と医療の質の部屋

現役産婦人科医が警鐘/子宮頸がん予防ワクチンキャンペーンの「危うさ」
週刊朝日(4月16日号)より 打出喜義(金沢大学医学部産婦人科講師) 笹川寿之(金沢医科大学産婦人科准教授)

昨年、子宮頸がんの予防ワクチンが発売された。そして、今年に入って接種費用の公費助成を求めて、がん専門医やタレントを動員したキャンペーンが展開されている。だが、このワクチンで100%がんを予防できるわけではない。万能であるかのような誤解を広めかねない現状に、2人の産婦人科医が警鐘を鳴らす。

最近、子宮頸がん予防ワクチンのキャンペーンが展開され、新聞やテレビで盛んに報道されています。3月2日には国立がんセンター中央病院院長(当時)の土屋了介院長や子宮頸がん経験者の女優・仁科亜季子さんらが「子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進実行委員会」を設立し、その記者会見の模様が報道されました。インターネットでも、「子宮頸がん」と検索すると、予防ワクチンの接種をすすめるサイトがいくつも出てきます。

打出は産婦人科医として、これらの報道やキャンペーンの内容に若干の疑問を感じてきました。そこで、子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)研究や予防ワクチン開発に取り組んできた専門家である笹川に呼びかけ、現在の報道やキャンペーンに苦言を呈したいと考えた次第です。

誤解してほしくないのですが、私たちは予防ワクチンの普及や公費助成に反対しているわけではありません。むしろ、必要な人にはぜひワクチンを接種してほしいと思っています。しかし、このワクチンを普及させようとするあまり、いい面ばかりが強調され、予防効果の限界など、知っておくべき正確な情報が伝わっていないように感じます。「子宮頸がんはワクチンで予防できる」といった表現が、「ワクチンを打ちさえすれば安心」と受け止められ、誤解を広めてしまわないかと危惧しているのです。

なぜ、「ワクチンを打ちさえすれば安心」と言えないのか。それを理解するためにはまず、予防ワクチンがどのようなものかを知る必要があるでしょう。
子宮頸がん予防ワクチンは、世界で2種類が販売されています。現在、日本で販売されているのはグラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」で、昨年10月に厚生労働省から承認されました。もう一つのワクチンと合わせると、世界100ヵ国以上で販売されています。

子宮頸がんの原因となるHPVは、性交渉によって感染します。といっても、女性の多くが一度は感染する可能性がある、とてもありふれたウイルスです。その中で、がんを誘発するリスクが高いのは16型、18型のHPVで、サーバリックスは、この2つの型に対するワクチンです。
HPVに感染しても、大半の人は、自分の免疫でウイルスが消滅します。10人に1人程度は感染した状態が続き「前がん病変」になりますが、これも大半の人が自然に治り、がんになる人はそのうちの約1割程度です。しかし、子宮頸がん患者では約6割が16型か18型に感染しており、笹川が大阪府成人病センターと共同で行った研究では、20歳代は9割、30歳代では8割がそうでした。
16と18型のウイルスに感染していない15〜25歳女性を対象にした臨床試験では、7.5年間の追跡で16と18型による「前がん病変」発生をほぼ100%予防できましたから、このワクチンの有効性が極めて高いのは間違いありません。

ただし、知っておいてほしいのは、すでにウイルスに感染している人には、ワクチンは効かないということです。11〜13歳の女子に接種が勧められる理由は、性交渉が未経験のうちのほうが効果的だからです。45歳ぐらいまでなら多少のメリットがありますが、年齢が高くなるほど効果は限定的であり、すでに免疫ができている人もいますので、接種が無駄になることもあります。また40歳以上で発生する子宮頸がんの3〜5割はこのワクチンを接種しても予防できないタイプのHPVが原因の可能性もあります。
したがって、子宮頸がんで手遅れにならないためには定期的な子宮がん検診が欠かせません。

これで、「ワクチンを打ちさえすれば安心」と言えない理由を、ご理解いただけたのではないでしょうか。
ワクチンを打ったことで、「もう安心」と誤解して検診を受けない人が増えると、かえって子宮頸がん患者を増やすことにもなりかねないのです。そうした誤解が広がることだけは、避けなければなりません。

このサーバリックスは、十分な免疫を獲得するために、半年間で3回接種する必要があります。医療機関での接種費用などを足すと合計で5万〜6万円かかります。保険は利きませんので、全額自己負担です。これを公費負担で11〜13歳の女子全員に接種するとなると、概算で毎年250億円規模の国家予算が必要となるでしょう。
オーストラリアやイギリスなど約30カ国は公費負担をしています。これらの国では子宮頸がん検診の受診率が70〜80%に達しています。それに加えてワクチンを導入することで、ほんとうに子宮頸がん死が撲滅できるかどうか観察している、つまり、効果を検証中だから公費負担していると考えられます。

ところが日本では、子宮頸がん検診受診率は20%程度にすぎません。特に20歳代の若い女性の受診率は低く、1割以下しか受けていないのです。子宮頸がん死を減らすには、まず、がん検診普及に真剣に取り組むべきなのに、それをせずに女性への予防ワクチンだけに巨費をかけるのは、おかしな話しです。

HPVを世界で初めて特定しノーベル賞を受賞したドイツのツア・ハウゼン博士は、次のような指摘をしています。HPVは性交渉でうつるのですから、HVPの蔓延を防ぎたいなら、男性にもワクチンを接種すべきだというのです。

報告されている副作用のほとんどは軽いものばかりですが、やはりこのワクチンにも、ギラン・バレー症候群(四肢の筋肉に力が入らなくなる病気)、血栓症、死亡など重篤なケースが報告されています。HPV感染は男性にも責任があるのに、女性だけに負担やリスクをかけてもいいのかを考える必要もあります。

毎年、1万人以上が子宮頸がんになり、約3500人が亡くなっています。検診を受けずに進行してから見つかると子宮を摘除しなければならず、排尿障害やリンパ浮腫などつらい後遺症が残ることもあります。特に、若い女性にとっては子どもが産めなくなって、深刻です。
だからこそ、予防が重要なのですが、そのためには、費用対効果を含め、科学知見に基づいた対策が必要です。ただ、「ワクチンに公費助成を」というだけでは、血税を浪費して製薬会社を喜ばせるだけになりかねません。
20歳以上の検診受診率の向上とセットで、若い人へのワクチン接種を普及させる、それこそが、子宮頸がんでつらい思いをする女性を一人でも減らすことにつながるはずです。

参考文献:

「Human Papillomavirus Vaccination ― Reasons for Caution」
http://content.nejm.org/cgi/content/full/359/8/861

「Informed choice and mass immunization programmes」
http://www.womens-health.org.nz/uploads/pdf/Informed%20choice%20and%20mass%20immunisation%20programmes.pdf

「An Analysis by the National Vaccine Information Center of Gardasil & Menactra Adverse Event Reports to the Vaccine Adverse Events Reporting System (VAERS) February 2009」
http://www.nvic.org/Downloads/NVICGardasilvsMenactraVAERSReportFeb-2009u.aspx

「The Risks and Benefits of HPV Vaccination」
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/full/302/7/795?maxtoshow=&hits=10&RESULTFORMAT=&fulltext=HPV&searchid=1&FIRSTINDEX=10&sortspec=date&resourcetype=HWCIT

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