高齢福祉政策激動の部屋

和田 勲さん

 私は37年間、福祉用具の仕事に従事して参りました。その中で、障害を持たれた若い方から高齢の方達まで、本当に多くの事を学ばせて頂きました。多くの人生に関わらせて頂きました。また、多くの行政担当者、医療関係者、教育関係者からも指導を頂き、また、激しく意見交換をさせて頂きました。
 今回の改正介護保険法に対して、この永い人生経験の中で感じる、私の怒りと疑問は以下のとおりです。

1.基本理念を否定してしまいました。

(1)自立の支援は?
  1. 今回の改正で、これらの項目は基本的に否定されています。現行制度の中で、介護認定を受けられた高齢者等は制度の範囲内で適切にサービスを選択し、活用しています。車椅子で言えば、基本的に1人住まい、又は老々介護の家庭で、通常言われる日常生活範囲内の近隣へ出かけるのに、歩行器等を活用しても、その範囲内への移動に無理がある方が活用されています。同じく、ベッドをご利用されている方の大半が、1人住まい、又は老々介護の家庭、又は昼間は1人になる方であり、基本的に立上がり、起き上がりに難のある方です。
  2. それら日常生活上の必需品である福祉用具を使えなくなった時、介護度が上がるでしょう。
    モティベーションも低下するでしょう。自立の支援とは一体何だったのですか?
(2)介護の軽減は?
  1. 上記、自立の支援が順調に提供されたら、必然的に介護の軽減も図られます。これを外して行く事によって、介護量は間違いなく拡大するのです。介護の軽減の主要なテーマは自立の支援です。
  2. それでも家族等の関係者の行き届かない部分を、他のサービスによって、支援していく。これが介護保険の効率的な運用ではありませんか? また、人的サービスの方法も、福祉用具によって、効率的になります。介護の軽減は、体力勝負から易しい手段での手法に変えることも含んでいる筈です。
(3)サービス利用の自己選択は?
  1. 軽介護度の方へのサービス利用金額の上限を引き下げ、かつ、利用できるサービス種類にどんどん制限をつけて行く。制度設計では、利用金額の上限枠の中で利用者がサービス種類を選択出来る、と謳ったのではないでしょうか? これを利用金額の上限を引き下げ、訪問介護サービス等の時間に制限を設ける等、常識では考えられません。
  2. この枠の範囲内でも選択可能な、わずかに存在する一部の利用者を除くと、殆んどの軽介護度の方は、実質的に、自分に必要なサービス種類の選択が困難になり、結果として必要なサービスを受けられなくなるでしょう。

2.事業者は悪徳、としか見えないのですか?

(1)介護予防って何? → 訪問看護事業所による訪問リハビリに制限をつけた理由は?
  1. 訪問看護事業所が提供する訪問リハビリは訪問看護の回数より少なくなければいけない? つまり、訪問介護を受けてない方は、訪問リハビリを認めないということになりますが。訪問リハビリとは何なのでしょうか? 訪問看護を受けていないレベルの方の方がリハビリの意味が大きいのではないでしょうか。
  2. 医療系施設等(老人保健施設等)からの訪問リハなら、そのような制限を設けずに認めるという事は、訪問看護事業所は信頼出来ないという事なのでしょうか?
  3. もし、訪問リハに制限をつけるとしたら、ご本人の身体状況等の基準を設けて、リハビリを必要とする状態像を明確にする事が大切であって、事業所の形態を前提に制限を設けるなんて、制度運用の不適切事例の最たるものだと思います。こんな事をするのなら、利用の不適切事例ばかり並べないで、運用基準自体の不適切な部分をもっと検証して下さい。
(2)福祉用具事業者は悪徳事業者で儲け過ぎ?
  1. 大手の初期の決算書を見ての言い方なのでしょうか。貸与事業の決算は一時的にこの傾向が出ます。何故なら、貸与開始から一定期間は、商品の陳腐化は起こらず、デリバリーコストの一部は限定的(自称開始当初は、修理や、メンテナンス費用は小さい)です。これが3〜4年後からは商品の陳腐化やメンテナンスコストが膨らんできます。残存リースが残っているにも関わらず、使われない機種が膨らんで来ます。すると、この機種については「売上にならないけれど、リース代を払いながら倉庫代も払う」ようになり、一方で利用中の商品についてもメンテナンス料が膨らみ、また、新機種への切換え・購入費用が膨らみ、一気に収益性がダウンします。多くの事業所における、この6年間の収益変化を確認して下さい。そこを確認した上で、儲けすぎなのかどうかを測って下さい。
  2. 不適切な利用は膨らんでいますか?
    制度発足当初は、例えばベッドで言えば、1モーターベッド商品は殆んど有りませんでしたし、まだ軽介護度の方たちが施設入所されていました。従って、圧倒的に2or3モーターの機種の利用が中心でした。今は1モーターベッド商品も生産され充実して来ました。軽介護度の方たちは居宅生活を強いられていますので、制度の定着と共に、制度発足当初と比較すれば、軽介護度のご利用が増えたのは当然です。それでも、特殊寝台では要支援の方の7.6%、要介護1の方の15.1%のみが利用され、車椅子の場合は要支援の方の2.6%、要介護1の方の6.8%のみが利用されているのです。ベッドは立ち上がり、起き上がりに難のある方のみ、車椅子は外出において生活圏の範囲において移動に支援が必要な方のみが利用されています。次にも示すとおり、基本的に不必要な方は利用されていません。
(3)福祉用具事業者とケアマネジャーは結託している?
  1. 福祉用具の利用が異常ですか。
    品川区が実施した調査で、ご利用者200名の現状確認をしたところ、不適切と判断されたのは2例のみ。おそらく、この2件は福祉用具の利用開始時点での不適切事例では無くて、ケアマネや事業者が行うべき「事後の現状確認(モニタリング)漏れ」により、状態像の変化に適合しなくなった事例、又は経験の浅い担当者が関与していた事例でしょうね。制度開始時点の理解不足は解消され「不適切な事例はゼロに近い」。こう言えるほどに適切になって来ています。そしてガイドライン発出効果は効き過ぎるほど効いています。何よりも、制度の定着と共に、ケアマネジャー、貸与事業者両者は、それぞれにしっかりやっています。もっとキチンとした実態調査を行って下さい。
  2. それでも、変な事業者がゼロとは言えない部分(悪徳事業者、と言うのかな)が、ゼロとは言いません。「利益だけ」と言う事業者もいるようです。これは基本的に、自治体の指導体制を充実して頂きたいな、と言うのが実感です。真面目に、真剣に福祉事業に向かい合っている同業者にとっては悔しい思いがあります。その指導体系についても検討・検証をお願い致します。
(4)訪問介護サービスの「報酬の上限は設けていますが、サービス提供時間については、制限は設けておらず、必要なサービスの提供は可能です」とのパブリックコメントへの回答は何なのでしょう。
  1. 即ち、報酬は払わないけど事業者は無償でサービス提供をして下さい、と言う意味なのでしょうか? つまり、ボランティアをしてくれ、と。又は、利用額の上限の範囲であっても、ご利用者は、自費で利用しろ、と。サービスの自己選択は実質的に無いのですか。
  2. 一方で、福祉用具の利用を制限して必要な介護量は膨らんできます。

3.ケアマネジャーも信じられないのですか?

(1)経験の豊富なケアマネジャーが辞めていくのは何故かお分かりですか?
  1. 今回の改正(?)の詳細が判るにつれ、「やってられないよ」との声が膨らんできています。制度発足当初、まじめなケアマネジャーが、一種のノイローゼ状態になり、疲れきって辞めていく姿を多く見ましたが、今回もまじめな方たちが離れてしまう可能性が膨らんできています。
  2. 今回の場合は、2点あります。その第一は、軽介護度のご利用者への対応です。軽介護度の方は特にモチュベーションや生き方、周囲への遠慮、自分の現状へのやりきれなさ等、重度の方たちよりも神経を使うのですが、従ってご利用者への思い入れも大きなものがあります。その方たちをお断りしないと経営が成り立たなくなる。「どのように対応すれば良いのだろう」と悩みに悩んでいらっしゃいます。
  3. その第2は、軽介護度の方たちから、必要な生活必需品(福祉用具)を剥がさなければならない事です。日常生活の基盤を崩す可能性が高いのに、それをご利用者に最初に説明する窓口はケアマネジャーです。「行政が利用者の実態を分らず、その基本すら判っていないのなら、こんな変な制度を相手にしていられない。もう辞めたいよ」との声が大きくなってきています。
(2)経過期間2年とした包括支援センターが整備されない内に、ケアマネジャーの担当件数を絞った(こちらは経過期間6ケ月)事で、ケアマネ不足の状態に。
  • マネジメントを断られた対象者はどうすればいいのでしょう。「介護保険利用の最初の窓口が丸っきり不足!」制度の根幹が大地震にあっている状態が発生します。
(3)包括支援センターでのプランニングはケアマネでなくても良い、と決めたのは何故でしょう。
  1. 制度設計の根幹を否定しています。介護予防の設計段階でこのような事すら読めていないなんて、私は本当に呆れかえっています。
  2. 一般的に、要支援者のプランニングは困難(判断基準の持ち方が大変)です。社会福祉士等の資格を有し、一定期間の経験を有した方で、試験に合格した方のみがケアマネジメントが許されていた筈ですが、「ケアマネ資格を有さない社会福祉士等にも、マネジメント業務を認める」とは、信じられません。制度における資格制度を全否定したに等しい、と私は思います。ますます、ケアマネジャーのやる気は削がれていくのでしょう。

4.理念が見えない人材基準

(1)新たに認証し、又は創成した資格は形だけだったのでしょうか。
  1. ケアマネジャー制度は何の為に創成されたのでしょうか。
    包括支援センターでのプランニング方式(ケアマネ資格が無くても一定の有資格者(社会福祉士等ならOK)は明らかにケアマネジャー制度の創設を否定。
  2. ホームヘルパーには駄目出しがなされました。
    資質の向上は当たり前。でも、だったら最初から「当面は人材不足からホームヘルパー制度だが将来は介護福祉士レベルを目指す」事を鮮明にして頂きたかった。何なのでしょうか、今更。

5.福祉用具は生活必需品ではなく「単なる福祉用具」?

(1)軽介護度対応としての福祉用具に制限をつけた理由は何なのでしょうか。
  1. 自立の支援に有害なのでしょうか。
  2. リハビリ効果が落ちるのでしょうか。
  3. 福祉用具の利用で、ご本人のモチュベーションがアップされている事をご存じないのでしょうか。自分で出来ることが膨らんだから、自分で積極的に、前向きに活動し、それが有ってこそのリハビリ効果ではないでしょうか?
  4. 福祉用具の活用により人的サービスが縮減され、対費用効果が高いことすらご存じないのですか?
  5. 生活必需品を取り上げた時、老々介護や1人住まいのご利用者、共稼ぎ等で昼間は本人だけになる家庭ではどうなるのでしょうか。寝ている(横になっている)時間がどんどん増えて、脚力等の筋力が落ちて、更に、佩用症候群も進行するリスクが大きくなります。介護予防の言葉で福祉用具の利用制限をして、結果として、介護度の重度化促進になってしまう怖さを感じます。
  6. 「立ち上がりが困難な方は家庭用のベッドを買えば良い」との言葉もあります。高齢者や障害者がベッドを立ち上がりの為に必要とする状態の場合、立ち上がるには適切な床高が必要です。家庭用ベッドでの対応では無理です。介護度アップにより、特殊寝台を利用するしかない状態になった時、大邸宅を構えている方はともかくも、ご利用者は「スペースを考えて、家庭用ベッドを破棄する」のが普通の家庭です。環境への配慮を含め、「立ち上がり困難な方は家庭用ベッドを買えば良い、なんて、よく言えるねぇ」が私の実感です。
  7. 家庭用ベッドでは起き上がり困難な方は自分で起き上がることは出来ません。ベッドサイドレール等があるから自分で起き上がりが可能になっています。ご利用者を切り捨てる形なのに、何故、これほど厳しい対応になるのか、私には理解できません。
  8. パブリックコメントでの答えには、「車椅子は外出支援の観点ではないものの、日常生活範囲において特に支援を要する場合は例外として認められる」とのコメント。どういう事なのでしょうか? 「日常生活範囲=屋外を含む日常生活上必要な範囲」の事です。なのに、外出は含まない? こんな日本語解釈初めて聞きました。
  9. もし、外出用の車椅子を拒否されたら、軽介護度の方で、老々介護や1人住まいの方等は、居宅内に閉じこもるしかなく、かつ、近くの通院等もタクシーを使え、という事なのでしょうか? どのように説明して頂いても、私は理解出来ないでしょう。
(2)「自立の支援」と「介護の軽減」への第一ステップは、福祉用具の活用ではないでしょうか?
  • 誰でも知っていることではあるものの、行政も分っていて、これを無視したのですね。
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