私の社会保障論 かかりつけ医が自宅へ◇変わり始めた価値観 国際医療福祉大大学院教授・大熊由紀子 毎日新聞 2013年09月25日 東京朝刊   社会保障の支え手に、静かな地殻変動が起きています。 専門医になって大病院で働くことを尊ぶ価値観が、 変わり始めているのです。 神奈川県・湯河原に8月10日、全国から医療系の学生、研修医が集まりました。 学生たち自身による「家庭医療学夏期セミナー」に参加するためです。 100人の先輩が手弁当で駆けつけ、 大学では学べない人との関わり方や在宅医療に接するため2泊3日をともにします。 呼びかけ文には 「病気だけでなく、患者・患者家族・地域まで診る広い視点を持つ医療者になるために」 とありました。 第1回の参加者は6人、指導役の方が多くて16人でした。 第25回の今夏は、200人の定員がすぐに満員になりました。 大学も変わり始めました。東大医学部は在宅医療学講座を設立し、 地域の診療所や訪問看護ステーションを教育・研究の拠点にする計画です。 厚生労働省が1980年代に「家庭医制度」を構想した時には 猛反対して潰した日本医師会も、在宅医療に大きくかじを切りました。 今年7月「かかりつけ医の在宅医療 超高齢社会・私たちのミッション」 という冊子を作って研修会を開き、 同じタイトルのDVD17万枚を、全国の会員向けに制作しました。 DVDは、24時間365日患者を支え、自宅にも赴く在宅医療に 足踏みする医師を主人公にしたドラマ仕立てです。 ケアマネジャー、ヘルパー、看護職、薬剤師、歯科医と患者の自宅で打ち合わせる。 ご本人が望む自宅での看取りを経験する。 その中で、在宅医療の価値と醍醐味に目覚めるところでドラマは終わります。 85年、私は「寝たきり老人」という概念が日本にしかないことに気付きました。 自分ではベッドから起きられない一人暮らしの人が おしゃれして暮らすデンマークを何度も訪ね、 超高齢社会を解くカギ「高齢者医療福祉政策3原則」に出合ました。 それを実現するホームヘルパーや補助器具などの仕組みを紹介してきました。 幸い、これらは介護保険制度のメニューや福祉用具法に反映されていきました。 日の目を見なかったのが、看取りまで支える「家庭医という専門医」を 国民の誰もが持つことでした。 それが実現の方向に一歩進んだことに、感動しています。 ただ、生活と人生を支える福祉や介護の人材が充実しなければ、 かかりつけ医が力を発揮することは不可能です。 支える人が誇りと喜びをもって働き、 支えられる人の誇りが守られる時、 日本の社会保障制度は質と継続性を保つことができる。 今回でコラムを終える私の社会保障論です。 ■ことば■ 高齢者医療福祉政策3原則 デンマークの経済学者で自治体行政に造詣の深い B・R・アナセン教授のもとで82年に提言された。 「人生の継続性」と「自己決定」を尊重すると、 誰もが潜在的にもつ「自己資源」が発揮され、 社会全体の支出を少なくすることができるという実践的思想。 日本の社会保障政策はこれに逆行してきた。