物語・介護保険
(呆け老人をかかえる家族の会の機関誌『ぽ〜れぼ〜れ』、社会保険研究所刊「介護保険情報」の連載より)

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 「出る杭は打たれる」という役所界の常識に介護保険が異変を起こしました。
 「出すぎた杭は打たれない」「出ない杭は腐る」という新語が生まれ、「出る杭型」の職員が頼りにされたり、カリスマ職員と呼ばれたりするようになったのです。
 では、介護保険が登場する前、「出る杭」のみなさんはどうしておられたのか。

■僻地の中の僻地が、「福祉日本1」に■

写真@:1990年ごろの在宅診療風景です。

 まず、長野県に出現した「出すぎた公務員ペア」に登場していただきます。
 一人は網野皓之さん。札幌医大を卒業して東京の大きな病院で働いていたのですが満たされない日々。医事新報の求人欄を眺めていて、長野県に医師紹介相談があるのに目をとめました。勧められた僻地の中でもっとも僻地の伊那谷の無医村、泰阜村に赴任しました。1984年2月のことで、当時、36歳でした。(写真@)

 着任直後の午後のことです。突然の往診依頼に駆けつけると、右半身不随、口もきけない老女が横たわっていました。垢だらけの体、足はミイラのよう。聞けば、何年もフロに入っていない。しかも、この村ではあたりまえのことだというのです。
 早速、浴槽を軽ワゴン車に積んで運ぶ入浴サービスを思い立ちました。翌年には入浴専任のヘルパーを確保。入浴サービスは村の日常風景になりました。
 診療所への送迎サービスが1回百円だったのも無料にしました。村の独居老人の年収が、平均でも85万円、大半が50万円以下とわかったからです。

 胸が苦しいと訴える一人暮らしの80代の男性を往診したときにも衝撃を受けました。
 足がひどくむくんでいました。カップラーメンだけの食生活で栄養失調から脚気になり、そのための急性心不全だったのです。
「へき地に医学を、と勇んでやってきたけれど、医療以前の問題を解決しなければと悟りました」。
 そして、弁当配達サービスを提案しました。

 毎年の胃集団検診をしているのに見落とされて亡くなる人が相次ぎました。
「『家で暮らし、家で死にたいんだに』というお年寄りの願いをかなえることにこそ人手を振り向けるべきだ」と集団検診廃止も提案。窓口での支払いもタダにしようと主張。村に台風を持ち込んだようでした。
「聞き入れてもらえなければ、夜や土日の診療はやらない。僕も自治体職員。役場職員と同じに休むのが当然」と宣言するのが、伝家の宝刀でした。

 88年、事務長として、松島貞治さんが配属になりました。「出すぎた杭」ぶりが、村長の逆鱗にふれて飛ばされていたのですが、網野さんの次から次への難題に対応できるのは「松島しかない」と白羽の矢が立ったのです。
 この網野・松島コンビは、表のように当時の日本の水準をはるかに超えた高齢者福祉を実現させていきました。

 朝日新聞の『アエラ』から敬老特集を頼まれた私も、老人福祉計画課長だった中村秀一さん発案の市町村別福祉データ(1992年版)をもとに、こう書きました。
「ホームヘルパーが最も充実しているのは泰阜村。介護を必要とする31人を、常勤5、非常勤4人のヘルパーが、訪問看護婦と協力して支えている。夜の巡回にも1年前からとりくんでおり、安心して年をとれる自治体の横綱」と。

長野県泰阜村 厚生省など
1984 ホームヘルパー3人
2月網野皓之医師診療所に着任
在宅入浴サービス開始
1985 在宅入浴専任ヘルパー採用
1986 患者の送迎無料化
1987 訪問保健指導事業を活用
1988 松島貞治さん診療所事務長に
診療所を核にした保健医療福祉の統合
訪問保健指導事業から訪問看護へ
高齢者への給食サービス開始
小地域福祉サービス開始
診療所での老人医療の無料化
1989 訪問看護婦3人に
ホームヘルパー4人に
集団健診廃止
国保税大幅引き下げ
介護対策検討会報告で「どこでも、いつでも、的確で質の良い、24時間安心できるサービスを、気軽に受けられる制度」を提言
1990 訪問看護婦5人に
ホームヘルパー7人に
廃屋を利用した「ケア付き住宅」の試み
老人福祉法改正で市町村に権限
ゴールドプラン
寝たきり老人ゼロ作戦
ホームヘルパー10万人計画
1992 ショートステイ開始
診療所のそばにケア付き住宅2棟
医療福祉無線局開局
老人訪問看護ステーション制度
老人保健福祉計画マニュアル
移送サービス補助
1993 老人医療費、国平均の2分の1に
国保税、国平均の3分の1に
細川非自民政権成立
1994 松島さん44歳で町長に当選
特別養護老人ホーム開所
診療所看護婦2人から3人へ
羽田非自民政権成立
自社さ政権成立
高齢者介護自立支援システム研究会報告

■申請は後でもかまわない泰阜方式■

 これには実は、お手本がありました。松島さんは、恨めしそうに、でも、懐かしそうに回想します。
「網野先生は、北欧の福祉やらノーマライゼーションやらについて書いた本や雑誌を東京で何十冊も買ってきて、読め読めと勉強させるんです。」

 2人はまず、ホームヘルパーや訪問看護婦など社会福祉協議会の実践部隊をすべて診療所に集めました。松島さんが診療所の事務長と社協の事務長を兼ねているので縦割りの壁はあっさり消え、臨機応変が泰阜村のお家芸になりました。ホームヘルプも入浴も、面倒な申請は後回しでいい、という泰阜村方式も確立しました。

写真A:網野さんの自転車姿

 日本初の"ケア付き住宅"も誕生しました。
 いきさつは、こうです。90年1月の大雪の日、往診すると、83歳の女性が、すきま風が吹き込む部屋で高熱を出し、震えながら横たわっていました。大腸癌の手術をして人工肛門になった身、しかも新たに肺癌にもかかっていました。けれど、頑強に入院を拒否します。度重なる入院経験から大の病院嫌いになっていたのです。
 診療所のそばの廃屋を改修し、吹雪の中での引っ越しを敢行しました。ここにホームヘルパーと看護婦が出向くのです。
 そのかいあって次第に回復。自宅での暮らしもできるようになりました。亡くなったのは9月。この"ケア付き住宅"に戻りヘルパーにみとられながら「わしは幸せもんだ」と息をひきとったのでした。

写真B:カリスマ村長松島さん

 94年、網野さんの改革要求に応じてくれていた村長が引退し、後継者に助役を指名しました。ところが、網野さんは思い切った行動に出ました。反村長派と目されていた松島さんに、出馬するよう口説いたのです。
「ますます困難になるこの分野の仕事をやりこなす力量をもっているのは、松島さんしかいないと思ったからです」
 松島さんは大差で当選。
 カリスマ職員はカリスマ村長として一歩を踏み出すことになりました(写真B)。
 写真Aは、いまは、東京で自転車に乗って在宅医療を続ける網野さんです。

■「芸もワザもないサーカス芸人」?■

高橋信幸さん
高橋信幸さん
鏡諭さん
鏡諭さん
福井久さん
福井久さん
福井英夫さん
福井英夫さん
北川憲司さん
北川憲司さん
長谷憲明さん
長谷憲明さん
石川満さん
石川満さん
岸本和行さん
岸本和行さん
森田文明さん
森田文明さん
石田光広さん
石田光広さん

 網野さんが泰阜村で「送迎料金も窓口支払いも無料に」と叫んでいたころ、ユニークな学会が誕生しました。自治体学会です。自治体職員、研究者、ジャーナリスト、市民約二千人を会員とする研究と実践の組織です。
 学会のニュースレター百号に、松下圭一法政大学名誉教授は86年の創設の頃を振り返って、こう書いています。
〈80年代には、ようやく「考える」自治体職員の「自主研究グループ」が各地で生まれはじめ、これを中核に自治体学会が出発する。私は「現場」をもたない学者中心という従来型の学会には強く反対し、前例のない自治体職員中心の学会となった。〉

 介護保険の論客として知られることになる埼玉県所沢市の鏡諭さん、老健局長だった堤修三さんが「カリスマ職員」という造語を思いつくきっかけとなった滋賀県の北川憲司さん、同じ滋賀で、福井久さんとともに"大津のダブル福井"と名を馳せることになる福井英夫さんもこの学会で活躍していました。
 その鏡さんに、介護保険が始まる前から様々な分野で頭角をあらわしていた人々をあげてもらいました。
 「東京都の長谷憲明(現・関西国際大学教授)、三鷹市の高橋信幸(現・長崎国際大学教授)、東大和市の石川満(現・日本福祉大教授)、神戸市の森田文明、高浜市の岸本和行、稲城市石田光広。いずれも、上司からの命によってではなく、自らの感性で現場から精緻なデータの積み上げて分析をし、自治体の将来に向けてシュミレーションを行い政策を構築するというスタイルを確立していきました。だから、その研究成果は、当時の福祉系の研究者を凌駕していたのです。長谷、高橋、石川がその後、大学に迎えられることになったのも不思議ではありません」

 この自治体学会の代表運営委員であった大森彌東大名誉教授が、「いまの自治体職員は芸もワザもない、つまらないサーカス芸人だ」といって聴衆をドキッさせたことがあります。
 話の趣旨はこうです。
 「公務員は、丈夫で大きな"身分保障という安全ネット"に守られて空中ブランコをしているサーカス芸人のようなもの。にもかかわらず、観客を沸かす芸も技も見せないとしたら、観客はあきれてしまう。芸を見せないなら、終身雇用を初めとした安全ネットを外すことも考えるべきだ」と。
 鏡諭さんは、「これは大森先生一流のエールだ」と思ったそうです。
 介護保険をきっかけに、日本のあちこちに、「芸も技」もある自治体職員が輩出することになりました。その詳細は、後の回で。

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