自立生活の部屋

デンマークにおける障害者の「自立」〜スウェーデンとの比較から考える〜
片岡 豊さん(デンマーク社会研究協会・エグモント・ホイスコーレン)

1.パーソナルアシスタント制度のはじまり

 デンマークのパーソナルアシスタント制度は、1970年代後半から80年代にかけて地方都市オーフスで始まり、俗に「オーフス制度」とも呼ばれています。筋ジストロフィー患者のクローさんは、既存の施設や障害者組織の考え方に疑問を投げかけ、当事者の独自性と多様性を主張しました。彼は仲間と一緒に、屋外コンサートなどの企画を通して啓発活動を展開し、当事者が中心となった組織を発足させ、国の障害者政策に積極的に働きかけていきました。そして重度障害者の自立生活を可能にする、デンマーク独自のパーソナルアシスタント制度をオーフス市と一緒に形作っていきました。

 その努力が実って、1987年にはデンマークの総合的な福祉法である「生活支援法」に組み込まれ、全国的な制度として適用されるようになりました。以後、障害者が地域で自立生活をするために、介助などの面で経済的な負担がある場合、それを公的機関が保障することになりました。こうして重度の身体障害者でも、本人が直接、雇用・解雇するパーソナルアシスタントの介助支援によって、地域で自立生活を営むことができるようになりました。(注1)

 デンマークのお隣の国、スウェーデンやノルウェーでも、障害者の自立生活を可能にするパーソナルアシスタントの制度が次第に取り入れられるようになりました。スウェーデンでは、ドイツ生まれのラツカさんがアメリカの自立生活運動に刺激されて、ストックホルムに障害者の会STILを発足させ、1987年に実験的にパーソナルアシスタント制度をはじめました。その経験をもとに、スウェーデンでは1994年にLSS法(支援サービス法)と重度の障害者を対象としたLASS(アシスタント保障法)が施行されました。
 ノルウェーではBPA(利用者の管理によるパーソナルアシスタント制度)という名称で1990年―1992年の間にテストケースが実施され、その成果が認められて2000年に全国的制度になりました。(注2)

2.自立生活の前提 − 公的な扶養と補償

 パーソナルアシスタント制度は、障害者の自立への要求から作られてきたものですが、北欧においては、この制度はある共通の国民的合意に基づいています。それは、一市民が何らかの理由で生計を成り立たすことができない場合は、公的部門が扶養義務をもつべきだという社会的連帯の考えです。
 母子家庭、学生、病人、失業者、障害者、高齢者、難民などが、この社会的連帯に基づいて、一定の生活水準を保てるように公的部門から援助を受けることが出来ます。例えば教育費は大学まで無料ですが、18歳以上の学生に対しては、さらに生活費としての奨学金が支給されます。高齢者年金、失業・疾病手当、児童手当などもこの考えに基づいています。障害者に関しては、機能低下により就労による収入が見込めない場合は、障害者年金で一般市民とほぼ同じ生活水準を保てる収入が保障されています。デンマークの場合、2006年付けで月約1万5000クローネ、年間360万円相当の年金額が支給されます。

 もう一つは、障害の部分に対する公的補償で、自立生活支援として、日本の障害者自立支援法に含まれている部分です。自助具・福祉機器、住宅改良、障害児・者教育、リハビリ、余暇活動など、障害者が自立して地域で生活する上で必要なものが本人や家族にとって経済的負担とならないように公的な補償をするべきだという考えです。ホームヘルプなどの在宅ケアやパーソナルアシスタントなどの介助も、この公的補償のしくみの中に含まれます。

 日本の障害者自立支援法と北欧のそれは表向きは類似していますが、実質的な経済的基盤で大きな差があります。それは具体的な例をみるとはっきりします。
 例えば障害者年金の支給を受けながらエグモント・ホイスコーレンで教員をしている重度の脳性まひのミケエルさんの例を挙げてみます。彼は4人のフルタイムのヘルパーと2人の週末専任ヘルパーを雇用して一人でアパート生活をしていますが、ヘルパーの人件費だけで年間約2000万円程度の額が保障されています。その他、家賃援助、電動車椅子などの補助器具の支給、リフト付自動車、休暇旅行援助、就労に伴う秘書アシスタント人件費など合計すると相当な額になる公的補償が支給されています。

 このように北欧の障害者福祉は、公的な保障に基づいていて、その財源は税収入にあります。日本やアメリカのように、民間企業・財団が設立した助成基金や、労働組合の共済活動や市民団体のボランティア活動に依存することがなく、また就労支援を通して経済的自立を促進することが優先されていないところに、特徴があるといえます。

3.スウェーデンとデンマークのパーソナルアシスタント制度

 北欧諸国でのパーソナルアシスタント制度は、いろいろ相違がありますが、正確な情報に基づいた比較調査は、ほとんど行われていません。
 ここでは、デンマークのパーソナルアシスタント制度をより理解するために、スウェーデンのパーソナルアシスタント制度との違いを簡単に見てみたいと思います。

 デンマークの制度についてこんな批判を耳にすることがあります。デンマークのパーソナルアシスタント制度は、障害者のエリートのみが対象となった「ロールス・ロイス版」だ。反対にスウェーデンのそれは、実質的には当事者の自己決定権の一部を受け渡ししたホームヘルパー制度とほぼ同様だと言うような批判です。
 スウェーデンでは、パーソナルアシスタント制度は、一定の基準を満たせば適応される「権利」原則にもとづいた保険制度という形をとっていますが、デンマークでは、当事者の個別的なニーズの「評価」にもとづいているために、制度そのものの利用普及に地域格差があることが指摘されています。

 デンマークでは、パーソナルアシスタント制度が適用されるためには、以下のような条件を満たしていなければなりません。

@雇用主として介助者の人事管理ができる者。
A教育・就労・ボランティア活動など、何らかの社会的な活動を行っていること。
B常に介助者が必要なほど重度な障害があること。
C18歳以上、67歳未満であること。
これらは実際には、どのような意味を持つか見てみましょう。

 まず@の条件を満たすためには、知的障害者や精神的に支援が必要とされる障害者は対象外になります。次にAの条件については、教育、就労、ボランティア活動など社会に出て活動する希望がない在宅障害者は、この制度からはずされます。そしてBの条件では、重度の障害者のみ対象となります。
 こうして、この制度が適用される障害者は、活動的な重度な身体障害者のみに限られ、2006年度現在、この制度を利用している障害者は全国で1000人ほどしかいません。(注3)

 これに対してスウェーデンでは、65歳未満で日常生活上の介助ニーズさえ認められれば、知的障害者でもパーソナルアシスタント制度を利用することができます。そのために、スウェーデンでは週20時間以上の介助を必要とする障害者が、12,000人以上この制度を利用しています。(注4)

 スウェーデンの場合は、週20時間以上の介助ニーズがある場合にはLASS(アシスタント補償法)に基づいて、法的基準額の何割という形で援助が支給されますが、最高支給額が固定されているために必ずしも重度の障害者のニーズに対応した介助保証が確保できない場合もあるようです。デンマークの場合は、介助の時間数は個人的ニーズの評価により決まるために、24時間介助や、同時に複数の介助者による手厚い介助も可能です。デンマークのユーザーが「世界一の制度」と自負するのも分かる気がします。

 最後の相違点として、デンマークの場合は、雇用主として介助者の人事管理責任は当事者に課されていますが、スウェーデンの場合は、希望すれば、後見人や当事者の協同組合が運営するヘルパー派遣会社、民間会社、市当局などに人事管理などの責任をすべて委託することができます。デンマークにおいても、最近、当事者に替わって介助者の派遣・人事管理業務を業者に委託することが可能になりましたが、雇用主としての責任は法的には、あくまでも当事者にあるという点が、他の国と違うところです。

4.ノーマライゼーションとインクルージョン

 北欧では60年代からノーマライゼーションの理念に基づいて、障害者政策が行われてきました。人間は身体的・知的・精神的などで違いはあるが、人間としては平等であり、社会的にも、政治的にも平等であるべきだとという考えが根本にあります。(注5)
 障害から生じる特別ニーズに対して社会が特別な援助・支援することによって、障害のない人と同じチャンスと可能性を得ることができ、対等な立場で社会活動に参加することによって統合が実現すると考えられています。従って、障害者団体は、機会均等と社会的連帯というスローガンのもとに、公的保障の充実化に力を入れています。

 このノーマライゼーションの基本的な考えとは異なって、スウェーデンでは、障害は環境や社会の欠陥であるという見解に転換しました。(注6)。障害とは個人の身体的・知的・精神的な機能欠陥や機能低下ではなく、環境や社会の欠陥である以上、障害は社会や環境を改善することでなくなると考えられています。そこで、当事者は、政治的参加を通して社会の仕組みや環境を改善していくべきであると主張します。
 こうしてスウェーデンの障害者政策は、社会と環境を変える鍵を握る「権力」とその「構造」に関心がおかれ、自立問題も、市民権の強化を通して、「権力」への「参加」という面で考えられていると言えます。(注7)

5.倫理的主体と自立

 通常、自立生活とは、どこで、どのように、だれと、そしてどの程度の生活レベルかを自分で決めて生活することです。ただし、それを実現するには、少なくとも個人の判断力と選択・決定能力が必要とされます。しかし、このような能力を持っている人は、実際には限られています。当事者に替わって、保護者や後見人が決定する、あるいはプロのケアワーカーや当事者団体が決定するなどという場合、倫理的な問題が出てきます。デンマークでは、パーソナルアシスタント制度に関しては、個人レベルでの自立(自律)に大きな関心がもたれています。ユーザーと介助者の関係は、雇用主・介助者の関係であり、個人的レベルでの「権力関係」が成立しています。そこでは、介助者は、雇用主であるユーザーの手・足として、ユーザーに求められたことを行うというのが基本的です。しかし、どんな人間関係でも同じように、お互いの尊厳性を尊重しあうという基本的な合意がなければ、善い関係が成り立ちません。

 すべての人が、自分の人生は自分で決定することを尊重するべきだという前提の下では、ユーザーと介助者の間で、利害関係が対立し矛盾がおきることが考えられます。「自立」はユーザーだけの事柄ではなく、介助をするものにも当てはまります。そのような葛藤が起きた場合、どう対応したらよいのでしょうか。
 このように自立の問題は、すべての人に当てはまる倫理的問題として考えられます。つまり、私たち一人一人にとって、すべての人たちにとって、人生の最高の目標とは何か。それは個人の自己決定や自由に基づく「自立生活」や「幸福な生活」なのでしょうか。

 デンマークのパーソナルアシスタント制度は、重度の障害者が施設から脱出して、地域で自立生活をする手段として作られました。しかし、この自立生活ということ自体にも何か別な人生目標があるのではないでしょうか。つまり、自立生活は、すべての人に関わる「善い人生」を実現するための手段に過ぎないのではないでしょうか。「善い人生」とは何か。善い人生を実現させるためには、どう生きたらよいか。この観点から自立問題を、もう一度考え直して見る必要があるのではないでしょうか。

2006年5月8日

片岡 豊
エグモント・ホイスコーレン教員
DSSA(デンマーク社会研究協会)

注1 ぶどう社「クローさんの愉快な苦労話」。片岡豊訳・大熊由紀子監修
注2 スウェーデンのパーソナルアシスタント制度について
http://www.stil.se/
http://www.jag.se/
ノルウェーのパーソナルアシスタント制度について
http://www.uloba.no/
注3 Hjaelpeordningen, Jensen, B.B. (red.), VfB 2005
 デンマークの人口は約500万人なので、パーソナルアシスタント制度を利用しているユーザー1000人という数は、日本では約20倍の2万人に相当する。
注4 Handikappomsorg, Lagesrapporter 2005, Socialstyrelsen, http://www.socialstyrelsen.se/
注5 「ノーマライゼーションの父」N・E・バンクーミケルセン、ミネルヴァ書房、花村春樹 訳・著、1999年
注6 LSS, Lagen om stod och service till vissa funktionshindrade, Socialstyrelsen 1994
注7 Medborgarskab i brytningstid, Gynnerstedt, K.& Blomberg, B.. Bokbox Forlag 2004

鉄道身障者福祉協会「リハビリテーション」2006年6月号より)

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