千葉・ちいき発


やっぱり必要、みんなで作ろう!42

★注目される条例案

 4月17日、千葉県手をつなぐ育成会の権利擁護委員会で、この条例案の勉強会が開催されました。講師は千葉県障害者基本計画策定部会の細渕宗重部会長、障害者差別をなくす研究会の野沢和弘座長です。一つ一つ手作りでまとめてきた条例案について説明しました。集まった30人ほどの委員が熱心に耳を傾けていました。
 同じ日、東京では日本弁護士連合会がやはり、千葉県の条例案について勉強する会を開きました。ここには研究会の佐藤彰一副座長、竹林悟史・千葉県障害福祉課長が招かれ、説明しました。日弁連は障害者差別禁止法案を作成し、国に法制定を働きかけています。かねてから、弁護士たちの間では千葉県の条例案に注目が集まり、早期制定を呼びかける宣言も発表しています。佐藤副座長は法政大学大学院教授で弁護士でもあり、条例案の法的な議論について誰よりも詳しい人です。
 今後、千葉県内各地で条例の勉強会を開催していきたいと思います。身近な仲間を誘って参加してください。また、「私たちもやりたい!」と手を上げてくれれば、研究会メンバーなどが勉強会に参加します。

<シリーズ> なぜ条例が必要なのか

 条例案では虐待について次のように規定されています。
(1)何人も、障害のある人に対し、虐待をしてはならない。
(2)施設の従事者は、施設において虐待を受けたと思われる障害のある人を発見した場合は、速やかにこれを関係行政機関に通報するよう努めなければならない。
(3)施設の従事者はこの通報を理由として、解雇その他不利益な取り扱いを受けない。(4)県が通報を受けたときは、知事は施設の業務の適正な運営を確保することにより、通報に係る障害のある人に対する虐待の防止及び保護を図るため、障害者自立支援法の規定による権限を適切に行使するものとする。

 障害者の支援をしている施設の職員による虐待なんてあるのか、と思う人もいるのかもしれませんが、少なくとも10年前ごろから毎年のように各地の施設で障害者が虐待されている事例が報告されています。もちろん、ほとんどの施設では虐待などはないと信じていますが、どんなに評判の良い施設でも、いつ虐待の芽が出てこないとも限りません。条例で障害者に対する虐待について規定することは、虐待を抑止することにつながるだけでなく、職員が知らないうちに出てきた虐待の芽に対して、すばやくそれを認知し大きな虐待に発展する前に自浄作用が働くような職場づくりにも貢献できるはずです。
 福岡県にある「カリタスの家」という入所施設での虐待が大きな社会問題になったのは昨年のことです。この「カリタスの家」は、他の施設では手に負えないと言われて追い出された、重度の障害者や対処の難しい行動障害のある自閉症の人も積極的に受け入れ、親たちや行政からも大変に評判の良い施設でした。ヤマト財団の故小倉昌男会長も施設の姿勢に感銘を受けて多額の寄付金を出したことでも知られています。その「カリタスの家」で行われていた虐待とは次のようなものでした。

▽職員が「(入所者に)顔がいいか、腹がいいか」と言って、職員がボクシンググローブで殴った。
▽「これ、おいしいよ」と言って障害者に唐辛子を食べさせ、「コーヒーだよ」と言って木酢液を飲ませた。吐き出したり苦しむ姿を見て、職員は笑っていた。
▽食事が遅い障害者に対し、「いらんなら、さげるぞ」と言って障害者の首を絞めたり、テレビ用のリモコンやコップで顔を殴った。障害者は眉毛の上を切った。
▽生の唐辛子を食べさせられた入所者が、唐辛子の汁や粉のついた手で目をこすったため、苦しそうに涙を流したり、吐き出す姿を見て職員は笑っていた。
▽施設長は男性入所者に沸騰した湯でいれたコーヒーを無理やり3杯も飲ませ、口やのど、食道のヤケドで約1カ月の重傷を負わせた。 ……(いずれも当時の新聞記事から)

 最初から障害者をいじめてやろうと思って福祉の道に入ってきた職員などいないと思います。むしろ、障害者福祉への希望に燃えて施設の門を叩いたのではないでしょうか。しかし、限られた予算で職員配置もままならず、どちらかと言えば閉鎖的な職場環境の中で、肉体的にも精神的にもストレスがたまり、障害者の権利擁護に関する理念や知識や対処方法が十分に教えられないまま、相談できる同僚や上司もいないとどうなっていくのか……。ある職員はこう言いました。「職員同士仲が良く、ナァナァになって、(虐待を)注意できる雰囲気になかった。入所者が暴れるなどパニック状態になった時、対処法が分からず、殴ったり、けったりした。申し訳ないことをしたと思うが、療育面での専門的な知識を身につけない限り、私が犯した過ちは繰り返されるだろう」
 実際、入所者数人が一部の職員に改善を訴えていたのですが、「問題の職員を解雇すると代わりがいない」と不問に付されたこともありました。対処の難しい障害者も受け入れてくれる「良い施設」という世間向けの看板があるがゆえに、虐待を認めることもできず、あり地獄に落ちていくような職員の心理が透けて見えるようです。
 虐待をしていた「カリタスの家」の施設長や職員は警察に逮捕され、起訴されました。裁判が行われている最中、ある職員から報道機関にメールが届きました。
 <最初は、覚悟して皆入る。自分ならやれる、迷わない、と。しかし迷う。みんなが迷っているから気付かない。気付いた人間が、こっちだと言うが、また迷う。先をどんどん歩く者、違うと知りつつ黙ってついていく者、あきらめて外れる者、立ち止まる者。繰り返すうちに疑問を持つ。疑心暗鬼、支離滅裂、みんな普通じゃなかった……>

 では、わが子が虐待されている親はどうだったのでしょうか。親こそが虐待されているわが子を守らなければならないはずなのに、親たちは虐待している側の施設職員を擁護してしまう。そんな例は決して珍しくはありません。ある母親は、帰省した子どもを入浴させた際、胸に青アザがあるのに気付きました。けがの程度から「(職員に)やられた」と直感し、施設長に問いただそうとしたのですが、それはしませんでした。「口を出せば、施設を追い出される」と不安になり、思いとどまったというのです。我が子のけがに不審を抱いた保護者は少なくないのです。しかし、親たちは沈黙してしまいました。「どの施設にも入れず、心中を考えていた時、迎え入れてくれた。文句など言えない」「施設長は救いの神様。施設内で何が行われていようと、従うしかない」。親たちは虐待が明らかになった後、そのように口をそろえました。
 親たちの多くが、冷たい目で見られたり、心無い言葉を投げかけられたり、無視されたり、排除されたりする経験があります。研究会に寄せられた800を超える差別事例の中にも日常的に親たちが傷ついていることをうかがわせるものが多数あります。たとえば、次のような差別事例を読んでください。

▽保育園の園長から、軽い障害のあるわが子について、「母子家庭だから、子育てが悪いから障害になる。うちでは面倒を見きれない」と言われた。
▽3人目を妊娠しているとき、保育所の申し込みに行ったら福祉事務所の窓口で「障害児がいるのになぜもう一人産むのか。次の子も障害児かもしれないのに」と非難された。
▽夏祭りに出かけたとき、町会の人から「こんなところに来るな」と言われた。
▽ある店で、障害のある子どもが先に入って商品を見ていたら、「入店しないで下さい」と言われ、どうしてかと聞いたら、「何となく気持ち悪い」と言われた。
▽大型電気店で家電品を買ったとき、「一般の人には5年間の保障が付きますが、障害者の人には適用されません」と言われ、説明を求めたが「会社の方針でできません」と言われた。
▽道を歩いていると、始終じろじろ見られる。
▽散歩中、年配の女性がニコニコと寄ってきたが、追い越し際に振り向いて「かわいそうにね」と捨てぜりふのように言って立ち去った。
▽子どもがダウン症で重い知的障害あり。市の担当職員に「犯罪者と同じ」と言われ、大変なショックを受けた。
▽子がダウン症。弟の結婚式のとき、相手方の両親から「結婚式には来ないでくれ」と言われた。
▽「かたわ者め!」「障害者のくせに生意気な口をきくな」「税金から援助を受けているくせに。大人しくしていろ」等、いろいろ暴言を浴び、悔しい思いをしている。これでは町に出られず引きこもらざるを得ない。

 このような体験を何度も繰り返していると、いつの間にか心が萎縮してしまいます。無力感を身に付け、あきらめ切った心理に陥るのも無理がないというものです。そういうときにわが子を引き受けてくれる施設はとてもありがたく思い、施設長が「神様」のように見えることが親にはあります。愚かで滑稽と思われるかもしれませんが、障害のある子を持った時から、絶えず悔しい思いをし、悔しさすら抱けなくなってしまう親の心理とはそのようなものではないでしょうか。
 ひどい虐待を許している背景には、日常レベルでのささいな差別や無理解があるのです。そうした現実を多くの人に知ってもらうことはとても重要です。そのためにも理解を広げていく条例が必要なのです。

(文責・野沢)

<呼びかけ人> 田上昌宏(千葉県手をつなぐ育成会会長)/竜円香子(同権利擁護委員長)/大屋滋(日本自閉症協会千葉県支部長)/土橋正彦(市川市医師会長)/植野慶也(千葉県聴覚障害者連盟会長)/野内恭雄(千葉県精神障害者家族連合会会長)/成瀬正次(障害者差別をなくすための研究会委員・全国脊髄損傷者連合会副理事長)/佐藤彰一(同・法政大大学院教授)/高梨憲司(同・視覚障害者総合支援センターちばセンター長)/野沢和弘(同・全日本手をつなぐ育成会理事)
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