優しき挑戦者(海外篇)

写真@:出版元は、新評論。電話03−3202−7391
http://www.pu-kumamoto.ac.jp/~nishi/BD.htm ¥3,150 (税込) 
著者:朝野賢司、生田京子、西英子、原田亜紀子、福島容子

 『ユーザー・デモクラシー』という名の本(写真@)が、静かな波紋を広げています。筆者は、若手のデンマーク研究者5人です。
 デンマークには、直訳しにくい「ヒュッゲ」(HYGGE)という言葉があります。
 人と人とのふれあいから生まれる、ほっこりした、居心地のよい暖かな雰囲気のことです。

 デンマークに留学してこの雰囲気を味わった若者たちが、月1回、首都のコペーハーゲンに集まって互いの研究を披露しあったのが、ことのはじまりでした。
 経済・建築・都市計画・福祉と専門が違い、出身地も違う、偶然出会った5人が、お互いの研究について意見交換しているうちに、それぞれの分野の根底に「共通するもの」として浮かんだのが、このヒュッゲ、そして、ブルーア・デモクラティ(BRUGERDEMOKRATI)でした。

 ブルーア・デモクラティは、直訳すれば利用者民主主義です。教育、保育、高齢福祉、障害福祉、まちづくりなどの政策決定や実施過程に、サービスを利用する本人が参画することによって、公共部門の肥大化をくい止め、サービスの質の向上をはかるデンマーク生まれの行革手法です。
 行革といえば、日本では、規制緩和・民営化・自助努力・市場原理の4点セットが主流ですが、それとはおもむきを異にしたヒュッゲの国らしい行革です。

 利用者民主主義では堅苦しいので、『デンマークのユーザー・デモクラシー〜福祉・環境・まちづくりからみる地方分権社会〜』というタイトルの本をつくって、この思想を日本に、多面的に紹介したい、と話が盛り上がりました。朝野賢司、生田京子、西英子、原田亜紀子、福島容子のみなさんです。

●「デンマークの奇跡」って?

表:OECD諸国の貧困率
1メキシコ20.3
2アメリカ17
3トルコ15.9
4アイルランド15.4
5日本15.3
6ポルトガル13.7
7ギリシャ13.5
8イタリア12
9オーストラリア11.9
10スペイン11.5
11イギリス11.4
12ニュージーランド10.4
13カナダ10.3
14ドイツ10
15オーストリア9.3
16ポーランド8.2
17ハンガリー8.1
18ベルギー7.8
19フランス7
20スイス6.7
21フィンランド6.4
22ノルウェー6.3
23オランダ6
24スウェーデン5.3
25チェコ4.4
26デンマーク4.3

 2度の石油危機の影響もあって、1980年代、多くの先進工業国が失業、財政収支、貿易収支の悪化に見舞われました。
 日本も悪化の一途をたどっています。OECD(経済協力開発機構)はさきごろ、加盟国の所得分配と貧困の現状に関する比較調査を発表しました。(表)
 貧困率が高い国は、最高のメキシコ20・3%に次いで、アメリカ、トルコ、アイルランド、そして日本。先進国の中では、ボルトガルやギリシャより貧困な第3位の高貧困率の国という情けない状況です。貧困をどう定義するか、どう計るか。EU(欧州連合)やOECDは、すべての国に共通の尺度で貧困を定義して、比較できるようにしました。それは全国民の平均的所得の50%以下の所得しかない家計を貧困者とみなすという方法です。この共通定義によると日本は15・3%。10年ほど前では8%台だったので、2倍ほど増加していのです。

 これと対照的なのがデンマークです。失業率も財政収支も、貿易収支も、目覚ましく改善し、貧困率も、表のように、最も低い4・3%なのです。
 そのため、「デンマークの奇跡」という言葉まで生まれました。
 「公的サービスに予算を割くと経済が傾く」「福祉が進むと人間は怠け者になり、失業者が増える」という通説、俗説、常識を大きく覆す事実でした。

 その秘密は、3つあると考えられています。第1は、この国で70年代から進められてきた地方分権改革、具体的には課税権と配分権限の市町村への委譲です。
 第2は、教育への手厚い支出による人材の養成。「高負担は高齢福祉のため」と思っている人は多いのですが、大学も職業教育も授業料無料といった教育予算が、福祉や医療や年金とならんでいます。もっともこれは北欧諸国に共通のことです。
 第3は、そのような基盤に立ったデンマーク独特のユーザー・デモクラシー。国から自治体への第1の分権化(60〜70年代)、自治体から現場スタッフへの第2の分権化(80年代)に続く、第3の分権化とも呼ばれています。(図)90年代に入り、学校委員会や高齢住民委員会など様々なユーザーの委員会が法制化されるようになりました。

図

●利用者委員会会長は全介助で言語障害

 ユーザー・デモクラシーの現場を味わうために、デンマークの第2の都市、オーフスを訪ねました。
 写真Aは、「オーフス方式」の利用委員会会長のミケルさんです。オーフス方式とは、自分ではベッドから起きることも、食べることも、排泄することも、外出することもできない重い障害をもった人が自分で選んだヘルパーの支援を受けて、自宅に住み、仕事や学生生活を保障される制度です。
写真Bの右側の若者はヘルパーのひとり。脳性マヒのために独特の重い言語障害のあるミケルさんの「通訳」もつとめてくれました。

 ミケルさんのような人は、介助者と長時間一緒に過ごすので相性があわなくては不幸です。そこで、@障害のある人自身が雇用主となるA広告を出し、面接してヘルパーを選び、仕事のやり方を教えるなど雇用管理をし、報酬計算をするB重い障害は、いわば運命のクジを引き当てたのだから、費用は公的に保障する、という仕組みが出来上がりました。

 発祥の地の名前をとったこの方式のヘルパーを利用している人の数は、日本の人口に換算すると約1万人。主として、四肢麻痺、筋ジストロフィー、脳性マヒ、多発性硬化症、ポリオの後遺症の人たちです。
 利用資格は、学生生活、職業生活、様々な組織・団体(たとえば、政治団体や消費者団体)の仕事についていることで、ヘルパーは、自宅で介助するだけでなく仕事場や学校に同行することになります。
 ミケルさんは、エグモント・ホイスコーレという、重い障害をもつひとと若者が一緒に学ぶデンマーク独特の学校で倫理、そして、オーフス方式を教えています。

写真A:オーフス方式利用者委員会の会長ミケルさんは、全介助の身で、「倫理」を教える教員(自宅で) 写真B:ヘルパーとは友だちのような間柄。ただし、雇い主はミケルさん。

 写真Cは、副会長のクラウスさん。デュシャンヌ型筋ジストロフィーのため、指も数ミリしか動かず、呼吸できないので、いわゆる人工呼吸器を24時間離せません。でも、電動車いすやパソコンを操れる写真Dのような仕掛けとヘルパーの助けで、ダンスや結婚生活を楽しみ、医学生にこの病気について教える仕事もしています。
 この春、「障害者自立支援法」が施行されます。
 日本でも名前通りに、障害者の「自立」をこの制度で「支援」できるでしょうか。

写真C:副会長のクラウスさんは、この自宅で医学生に、患者からみた筋ジストロフィーについて、また、介助の勘どころについて教えています。人工呼吸器は電動車いすに取り付けられ、チューブはネッカチーフの下に。 写真D:電動車いすの肘掛けに取り付けられた仕掛けを使って、パソコンも操作します。

大阪ボランティア協会『Volo(ウォロ)』2006年1・2月号より)

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