優しき挑戦者(国内篇)
(74)「夢のみずうみ村」の静かなリハビリテーション革命

ジャンヌダルクとガリレオがリハビリテーション!
といっても、お2人が機能訓練を受けていたわけではありません。
リハビリテーションという英語のもともとの意味は、「名誉回復」。ジャンヌダルクは火あぶりにされてから25年後、ガリレオは死の350年後、教会が冤罪を認めて罪を取り消し、名誉を回復したのでした。

山口市の郊外、トタンぶきの手づくりの建物から始まった「夢のみずうみ村」のデイサービスが、静かな革命を広げています。防府、浦安に続いて、東京の世田谷にも拠点ができそうです。

◆◇「何もしない」というメニューも◆
写真@:メニューは多彩。マージャン、水墨画から、ごろ寝まで

革命の第1は、逆転の思想。
一日の過ごし方は、スタッフではなく、利用者ご本人が決めます。メニューは写真@のように、実に多彩。200種類もあります。
脳を活性化する麻雀、パチンコ、映画。手先を鍛えるパソコン、ちぎり絵、習字、デジカメ。身体を鍛える温水プール、「夢かなえ巡礼」、カラオケ。身体を癒すメニューには、あんま、入浴、うたた寝。

写真A:自分で選んで日課を作る。左がカリスマOT藤原茂さん

マグネットのついたメニューカードを選んで写真Aのように自分の名前のところに貼っていきます。このときアタマを使いますし、背伸びしたり、屈んだりは、からだのリハビリにつながります。
料理教室やパン作り、木工、花づくりは、持ち帰って家族と食べたり、使ったり、プレゼントしたり……と絆づくりに発展します。
「のんびりする」「ボーっとする」「うたた寝」「ぼんやりする」「気分次第」「何もしない」というメニューまであります。

◆◇村の通貨「ユーメ」を賭けて、オイチョカブも◆
写真B:村の通貨は「ゆーめ」

なかでも人気は、午後3時から始まるカジノです。
みんな楽しみにしていて、村内通貨「ユーメ」(写真B)を手にいそいそと集まってきます。
オイチョカブ、百人一首、ルーレット、トランプ、ダーツ、輪投げ、射撃、ボーリング、パターゴルフ……。勝って喜び、負けて悔しがり、心が動くとからだも動きます(写真C)。

写真C:3時になると、オイチョカブ、ルーレットなどなど、カジノのご開帳

「ユーメ」は「村民」になったとき「お祝い金」として一定金額が給付されます。財布と住民票(名札)と一緒です。さらにこんな風にして手に入れることができます。
・予定を立てる。
・自分でバイタルチェックをする。
・食器を保管ケースに戻す。
・「ただいま挑戦中」に目標を設定する。
・「ただいま挑戦中」を達成する。
・自分史を作り、公開する。

ご本人の意志を最大限大事にして励ますこの方式の原点は、いまは「カリスマ作業療法士」と呼ばれる代表の藤原茂さんに投げかけられた、患者さんの一言でした。最新式の機械をいれて「夢のみずうみ村」を始める計画を話したら「それはあなたが勝手に良いと思っているだけ。それぞれの人が決めることが大切」といわれ、深く反省したのだそうです。

◆◇名物「バリアアリー」◆

革命の第2は、「一見不親切」。
食事は自己決定を生かすチャンスですから、介助を極力控えます。バイキング方式で大鍋から自分で選び、量を考えて盛りつけます。スタッフは最小限のことしか手をだしません。
「バリアアリー」と称して、坂や階段をわざと設けています。自宅や街で遭遇するバリアの克服方法をマスターするための配慮です。
じっと見守り、どうしてもできないことは素早く助け、ご本人の力を引き出すのがスタッフのワザです。

◆◇「PTA」「宅配ビリテーション」「師範」◆

そして仕上げが、名誉回復。
利用者を人を助ける側にしてしまいます。
「役場業務」というのがあります。たとえば、見学者を案内する「水先案内人」。障害のあるご本人が説明するのですから説得力があります。
なにより、不自由になってしまった言葉や歩く力が、知らず知らず身についていきます。
「PTA」といって、後輩利用者を案内する仕事、後輩の利用者の自宅をスタッフとともに訪ねて生活のコツを伝授する「宅配ビリテーション」。

「師範」という制度もあります。 利用者が師匠となって、ゴルフ教室や木工教室で他の利用者を指導するのです。
「片手料理教室」では、片まひの師範や師範代が、片手でできる料理づくりのノウハウを教えます。その元祖、臼田喜久江さんは、藤原さんのサポートを得て、本まで出してしまいました。タイトルは、「なんでもできる片まひの生活〜暮しが変わる知恵袋」。すでに4刷になりました。
半身不随になったとき、「なんの役にもたたない人間になってしまった。死にたい」と繰り返していた臼田さんが、いまはこういます。
「障害をもってこんなに楽しい人生が待っているなんて思いもしませんでした」

◆◇◆

ここにご紹介した楽しいノウハウ、藤原さんが惜しげなく公開しているので、全国にひろがりつつあります。
でも、もっと大切なことがあります。それは、旋風を巻き起こしている藤原さんから聞き出した心意気の数々です。
「一人では何もできない。でも、まず、一人から始めなければ」
「一人の情熱が他を巻き込む」
「三日三晩、夢を語りつづけられるくらいの熱にうなされること」
「大人の意見と称して、絶対無理だといわれたら課題を紙に書き出し、反論しながら理論武装する」
「制度があるからやろう、はダメ。いいものは国があとから追っかけてくる」。

日本の社会保障をホンモノにするエッセンスが、この言葉につまっていると私は思うのです。

写真D:心をこめてのお見送り

(毎日新聞2012.3.9「私の社会保障論」に加筆)

「夢のみずうみ村」のサイトは、http://www.yumenomizuumi.com/

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