観光から、いやしの湯へ

2003年1月7日 朝日新聞社説 '03発想転換

 玄関に飾られた門松のせいか、温泉街はいつもより華やいでいた。けれども通りを歩くと、ひと気のない旅館がぽつぽつと目に飛び込んでくる。
 バブル崩壊後、各地の温泉は一部を除いて苦戦している。1000年の歴史をもつ長野県松本市の浅間温泉も例外ではない。
 いま、その源泉に近い小さな旅館で改築工事が進んでいる。高齢者や障害のある子どもたちに日帰りで入浴や食事、リハビリなどのサービスを提供する施設に生まれ変わろうとしているのだ。

 「旅館をやめようかと思うんです」
 おととしの夏、浅間温泉の一角にある神宮寺の住職、高橋卓志さん(54)は、「御殿の湯」の主人から相談されて驚いた。
 全部で5室。明治初めの創業以来、家族的なもてなしを受け継いできたが、年々、お客は減っている。後継者はなく、主人夫婦も70歳目前だった。
 この町に生まれ育った高橋さんは温泉の衰退が悲しかった。子どもの頃は、夕方はいつもお客を歓迎する花火が上がった。

 「人の死後だけでなく生老病死すべてにかかわりたい」。
 20年ほど前から福祉に力をそそいできた。お寺を舞台に日帰り介護サービスを始め、タイのエイズ患者たちへの支援もつづけている。
 廃業する旅館と温泉の活性化をどうするか。1年かけて仲間たちと語り合った。

 観光客は減っているが、地元の高齢者はこれからも増えつづける。外から来るお客を待つだけでなく、町のいちばんの財産である温泉を自分たちのために使おう。それが結論だった。
 「ケアタウン浅間温泉」というNPO(非営利組織)を結成した。どんな規模で、どんなサービスを提供するか。各地の見学を重ね、知恵を出し合った。
 高齢者をただ預かるだけではない。リハビリや温泉の力で、体力や気力を保ってもらいたい。助けが必要な障害者や子どもも受け入れよう。介護に明け暮れる家族も温泉で疲れをいやしてほしい。

 「御殿の湯」の1室が、ほとんどそのまま残されることになった。広い玄関や、ゆったりとした湯殿は、段差を解消することで生かすことができた。
 地元の銀行が、改築と開業に必要な4000万円を融資した。長野県と松本市から合わせて750万円の補助も出た。
 3月には開業だ。1日15人の高齢者を受け入れる。専従職員2人、看護師、ヘルパーら、「ケアタウン浅間温泉」は、ささやかながら雇用も生んだ。
 日帰りサービスを手始めに、ゆくゆくは空き旅館を利用して、グループホームやホスピス、共同作業所など浅間温泉全体を介護といやしの町につくりかえいく。

 よそからのお客も地元の人も、ともに楽しみ、くつろぐ。
 それが本来の湯治ではなかったろうか


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