優しき挑戦者(国内篇)

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 平成桃太郎の会、略して「平桃(へいもも)」。平成5年、当時30代だった4人が飲みながら盛り上がって始まったボランティア組織です。各地に巣くう「鬼」を退治に出かけようというのです。
 「鬼」とは、知的なハンディを負った人々がまちの中で暮らすことを妨げている人や組織や先入観のこと。アタマの固いお役人や首長、収容型福祉施設になんの疑問も抱いていない職員も鬼です。

 中心になった4人組は、“福祉界の吉本”の異名をとる福岡寿、レスパイトケアのパイオニア根来正博、坂本祐之輔・東山市長を支えて福祉改革をすすめる曽根直樹、滋賀県を巻き込む北岡賢剛。注文があると(押し売りすることもしばしばなのですが)、一座を組んでフォーラムの出前に出かけます。出し物は土地の事情にあわせて綿密に打ち合わせます。朝から夕方までのパターンか、昼から一泊をはさみ、懇親会で盛り上がって次の日を迎えるか……。基調講演は学者か行政官、シンポジウムの演者には地元を入れて実践報告的なものにするのが定番です。「先駆的にやっているところとしてはこんなところがありますが」と助言し、地元の主催者に選んでもらい、意中の人物を口説き落とします。

 この巡業フォーラム、評判が評判を呼んで、自治体や福祉施設の職員が大勢集まるようになりました。困ったのが「平成桃太郎」という主催者名です。こんな名前では、出張旅費の精算にはなじみません。そこで、「全国地域生活支援ネットワーク」という、もっともらしい名前に改名しました。巡業フォーラムはこの2年間で20所、ほぼ毎月どこかで執り行われている勘定になります。
 「アメニティフォーラム」と銘打った全国的なイベントも滋賀県の大津プリンスホテルを借り切って行われるようになりました。こちらは、すでに5回。全国から毎回1500人も集まるとあって、滋賀県知事も毎年顔を出して勉強に加わっています。

 ここで偶然出会った同じ県の人同士が一念発起して、フォーラムを企画することもしばしばです。宇都宮市長、足利市長を交えて2001年6月に開かれた「栃木フォーラム」も、そのようにして催されました。会場を埋めた参加者が元気になること以上に収穫なのは、フォーラム準備のなかで、写真のような人のつながりができあがっていくことです。桃太郎が出かけていかなくても、全国に「桃太郎」が育っていくのです。

 もうひとつの写真は結団式に集まった応援団です。いまは宮城県知事の淺野史郎、厚生労働省年金局長の吉武民樹、大学教授におさまっている田中耕太郎といった、歴代障害福祉課長の若き日の顔もあります。前々回ご紹介したカリスマ職員のハシリです。ある市のお役人が栃木の会で、こんな風にいいました。「役人だって、人の役に立ちたい」

 いまは40代になった4人はこもごもいいます。
 「フォーラムをやることで行政との風通しみたいなものがよくなっていく」
 「戦略とか戦術なんていうのはなくて、やってみたら行けそうだから、次もこれやってみようかみたいな感じで、いい形で広がっていった」
 「一時代前の人たちって、一点突破とか、全面展開とか、勝ち取るとか、何か無理している。この手法ではうまくいかないなって漠然と感じていた」
 「今でもあるでしょ、陳情書とか署名をばーっと回して、要求事項っていうと、50ぐらい書き連ねちゃって、プラカードみたいなのを持って、部長さんとやり取りするみたいなのを見ると、これで実現するのかなと思う」
 「それぞれの地域でネットワークを後押しをしてつくっていって、できたときに全国ネットワークがなくなるみたいなことになれば、一番理想かな」
 新しいタイプの「世直しボラ」の誕生です。

P.S.
「4人組」は、このあと、本をつくりました。
『僕らは語りあった−障害福祉の未来を』(ぶどう社)です。
1章 4人が出会うまで/2章 「平桃」から「全国ネット」へ/3章 行政との「パートナーシップ」/4章 基礎構造改革から支援費制度へ/5章 これから施設は、これから地域は/6章 グローカルで行こう!
くわしくは、http://www.budousha.co.jp/booklist/book/mirai.htm

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